SERENO (4)

ESTORIL

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会いたい気持ちは、
会いたければ会いたいほど、会えなかったり、
会いたいと思い始めたら最後、
止めどもなく流れ落ちる滝の水のように、
会いたい、会いたいと、押し寄せてくる。
どこまでも、どこまでも、追いかけてくる。

小学1年か2年の夏、
私は母方の叔母の家に一人で1週間ほど、遊びに行っていた。
そこは田舎で、いとこを筆頭に、親戚も大勢いて、
牛もたくさんいた。

二日目の夜だっただろうか。
昼間、同じ年頃の子供達と岩場の蟹を捕まえたり、
すいかを割ったりして遊び疲れ、いとこの部屋で眠りにつこうとしていた。
とても静かで、虫の音が少しと、いとこ達の寝息。
天井からぶらさがっている蛍光灯のヒモも、じっと動かない。

私は突然、母に会いたくなった。
それまで、思い出しもしなかった母が、急に恋しくなった。
母のことを考え始めると、もう、たまらなく会いたくなった。
そうして、私はいつの間にか、泣いていた。
泣き始めると、もっと、母が恋しくなった。
私のすすり泣く声に驚いて起きたいとこが「どうした」と慌てた。
私は、
「今すぐ、家に帰りたい」と、泣き声の合間に答えた。
いとこは私の手をひいて、叔母の眠る部屋へ連れていってくれた。
叔母は、泣きじゃくる私に
「明日、お母さんに電話しよう、今夜はここでお休み」と言って、
私を横に寝かせてくれた。
私はまだ泣いていたので、叔母は、ゆっくりとうちわを扇いで、
私が寝付くのを待っていた。
私は、補助灯でかすかに見える叔母の顔を眺めた。
叔母は母の妹だから、母と何となく似ていて、
似ているけれども、やっぱり母ではなくて、
その、何となく母なのに、母じゃないことがせつなくて、
私を一層絶望的な気分にした。

翌日、叔母は私の家に電話をかけ事情を説明し、私に受話器を渡した。
私は受話器を手にするなり、「今すぐ、帰りたい」と訴えた。
母は電話の向こうで「日曜日になったら迎えに行くから」といい、
そう言い終える間もなく、私は「たった今、今すぐ帰る」と言っては、また泣いた。

その後、私がどうやって家に帰ったのかは記憶にない。
余りにも母に会いたいという思いばかりが強くて、
果たして、日曜日まで待っていられたのか。
7歳か8歳の私だった。

その後、私は夏の間をヨーロッパですごし、今はニューヨークにいる。
母から遠く離れ、泣きもせず、平然と。

だけど、会いたい、会いたいと思って泣いたりすることは、
あの頃と少しも変わっていない。
ただ、それが母ではないというだけのことで、
やっぱり、「今すぐ、たった今、会いたい」と。

もう、会えないのに。

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